くたばれ 8o's

         アナログ雑記


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IKONTA再生日記 その2

IKONTA3
【2011.2 ZEISS IKON】         クリックで大きな画像が見られます




順番があべこべになってしまいましたが

まず購入して始めに行なったのはレンズのカビ取り

まあ何はさておきカビの生えたカメラやレンズを見るのは忍びないってもんです

レンズ構成は3郡4枚

中玉はそのままで前後外してサクサク進みます

しかしこの頃はドレー・カイルが狂っているなんて

まったく理解しておらず「とりあえずカビ取れたら試写だ!」

くらいに考えていましたよw


何かで読んだのですがツァイスレンズの T の字って

コーティングが施されている証なんだとか

でもまあ60年モノですからね~

若干のクモリが残り、コーティングがちょびっと剥がれました

まあ順光で撮れば問題はなさそうです



さてさて・・

装着のレンズは Zeiss Opton Tessar 1:2.8 f=80mm というシロモノ

Opton(オプトン)の銘は1950年を境に戦後モデルに採用された西ドイツの地名

戦前1950年以前のモデルには Zeiss Jena(イエナ)と

Carl Zeiss 創業の地名(東ドイツ)が付いるそうです

お察しのとおり大戦による東西分断後、IKONTA の製造も西側に渡ったのですね


ウィキペディアによると・・・

20世紀初頭から第二次世界大戦までの期間、カール・ツァイスは世界の最先端を走る光学機器会社として君臨した。しかし、第二次世界大戦におけるドイツ敗戦の影響は、カール・ツァイスにおいても多大な影響を及ぼした。
第二次世界大戦の敗戦直後、ドイツの東西分断により、ドイツ東部にあったイェーナはソ連占領統治下に置かれる。しかしアメリカ軍はカール・ツァイスの光学技術をソ連にそのまま渡すことを阻止するためソ連軍に先んじてイェーナに入り、技術者の多くを半ば強制的にオーバーコッヘンに移動させ、ツァイス・オプトン社として光学機器の生産を引き継いだ。一方ソ連軍はイェーナの工場群を接収、残った技術者もソ連に送った。これによってカール・ツァイスは東西に分裂した。東側はイェーナに半官半民の「人民公社カール・ツァイス・イェーナ」を設立、このイェーナのカール・ツァイス社は東ドイツの誇る光学機器メーカーとして存続した。その後どちらがツァイスの名やコンタックス等商標の権利を持つか裁判で長年にわたって争うこととなる。


だそうです


と色々と調べていくうちに「なんとかしてやりたい」と愛情が湧いてくるってもんです

吸収・合併・分断・譲渡を一世紀半以上に渡り歩んできたメーカーですし

ドイツ民主共和国とドイツ連邦共和国とが分断された時代を生き延びたカメラです

たいへん歴史のあるカメラなんですね


さーて、実写できる日は来るのであろうか・・・

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テーマ ★カメラ&レンズ・機材    ジャンル 写真



 

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